スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    深呼吸する惑星 感想(まとめ)

    どうも! 『深呼吸する惑星』のクドい方のまとめ感想、ネタバレです!

    前回の感想が、いろいろな意味でアレだったので、これは真面目に書いた。
    でも半分くらい、舞台と直接は関係ない話してるけどね。あとなんか色々と受信してる。
    しょうがない。だって私の頭の中で、あれとかこれとかがリンクしちゃったんですもの。
    感想なんて所詮、ただの主観ですよ。

    という訳で、相変わらず長いです。
    それでもよければどうぞ。



    深呼吸する惑星 感想(ネタバレなし)
    深呼吸する惑星 感想(ネタバレその1)


    The Last man Standing


    これは劇団の解散公演なのに、なぜ最後に舞台に立っていたのは、劇団員ではなく、客演の若い役者だったのだろう?

    それが、初日を見終えた直後の感想だった。
    私は最初、それはこの『深呼吸する惑星』が、[継承]の話だからなのだと思っていた。
    鴻上さんは、最後にこの若い役者に、いろいろなものを託したのだと。

    それは、私のようなファンには嬉しいことではあった。
    でも、『第三舞台』の古いファンからしたら、これは結構複雑なんじゃないか?
    そう感じたのも確かだったし、実際そういう感想もネット上で見た。

    2回目に観に行った時に、初日にはまだ出来ていなかった鴻上さんの『ごあいさつ』をもらえた。
    それは[死者との対話]についての話だった。
    手書きでノートの見開き2Pにびっしりと書かれたその文章を読んだら、あのラストシーンには、他の意味合いもあったのだと、気づいた。



    ーーー僕が若い頃、共に芝居を始め、そして亡くなった男は、いまだに苦言や皮肉を僕に語ります。
     
    ーーーそして、死んだ人との会話が自分を支えていることに気づくのです。

    第三舞台封印解除&解散公演「深呼吸する惑星」ごあいさつ、より





    ーーーゴドー1をやった岩谷真哉は、1984年5月8日、バイク事故でなくなりました。

    ーーー命日に現場に行けば、誰が置いたのか花束がありました。

    ーーーそして、いつしか花束も見られなくなりました。ただ時間がたったのだと僕は思います。岩谷を忘れたのではなく、時間がたっただけです。

    ーーーファンの中では、岩谷は生きているのです。そして、もちろん、僕の中でも。

    ファントムペイン あとがきにかえて(2002.5)鴻上尚史より 





    私が最初に感じたように、

    ニシダギンガ=未来と希望の象徴

    でいいんだと思う。だからギンガは最後に、他の人たちと一緒にそこから旅立っていった。
    なぜなら彼はまだ生きているからだ。

    『第三舞台』を観ていたファンの中にはすぐに気づいた人もいたし、鴻上さん自身もwowowのドキュメンタリーで明らかにしていたように。

    イワヤシンヤ≒タチバナノブヤ

    だから彼は、最後までそこにいるしかなかった。
    なぜなら彼はもう死んでいるからだ。

    劇団の始まりに一緒に居て、そして今はもういない彼。
    劇団の終わりの時に、彼をその場に立たせてあげたかったのだろう。
    そして鴻上さんは、劇団と一緒に彼のことも、30年近く経ってようやく、自分の中で弔うことができたのだろうと、そう思った。




    私は、鴻上さんの「ごあいさつ」を読んで、3年前に早世した作家の、伊藤計劃さんのことも想起していた。

    実質的な作家活動は約2年。その間に出した3冊の小説で、日本SF界を大騒ぎさせて、そして病で若くして逝ってしまった人だ。

    伊藤計劃さんのことは、漫画家の篠房六郎さんが自分のブログに書いた、伊藤さんへの追悼文経由で知った。
    篠房さんのマンガを読んでいなかったら。(*1)
    そしてこの追悼文を読んでいなかったら。
    私が伊藤さんの残した小説やブログを読むことはなかっただろう。

    それは、私が今まで読んだ追悼文の中でも一番と言っていいくらいに、胸をつかれた文章だったから。




    ーーー私はといえば、10年近く経って、ようやく先輩が作家になって同じ立場に立ってくれた事が嬉しくて嬉しくて一緒に売れるラノベを書こう、大ヒットエロゲーを作ろうなどといいつつも 
    ほぼ実現不可能、やるだけ無駄のしょうも無い企画を出し合ってお互いにバカ笑いしてたこの時期の先輩の事が一番印象に残っている。 
      
    そして、先輩は、まだ見ぬ傑作の執筆の最中に、亡くなった。


    ーーー陳腐な言い回しになりますが  
    その清冽な印象と記憶は私たちの記憶の中でこそ、  
    より長く残り続けていくのです。  
     
     
    ーーー先輩の渾身の必殺ジョークが  
    出来るだけ長く長くこの世界にあることを  
    私はただひたすらに願っております。  


    『篠房六郎日記』より  







    [惑星]の大千秋楽から数日後。芥川賞に円城塔さんが選ばれた。
    その会見の席で、円城さん本人の口から、伊藤計劃さんの遺作となった未完の長編『屍者の帝国』を引き継ぎ、完成させる意向が明らかにされた。

    伊藤計劃の遺稿を円城塔が書き継ぐ|WEB本の雑誌


    (円城さんが、伊藤さんの意志と遺稿を引き継いでくれたんだ)
    そう思うと、なんだかとても、嬉しかった。


    円城さんと伊藤さんも、不思議な縁で繋がっていた人たちだった。
    二人とも小松左京賞の最終選考まで残って、共に落選し。
    たまたまmixiで円城さんが伊藤さんを見つけて、「一緒に早川に持ち込みしよう」と誘い。二人とも早川書房から本を出して。ベストSF2007の1、2位を二人でとってしまったのだ。
    なんだか、この経緯の方が、出来すぎた小説のようでもある。

    そこにはいくつもの偶然があった。
    でもそれらは必然のようにも見えた。
    全ては見えない何かで繋がっていて、「こうなるように出来ていた」。
    そうとしか言えない事象も確かに存在するのだ。


    [惑星]大千秋楽のカーテンコールの役者紹介で、鴻上さんが高橋一生くんのことをこう評した。

    「トランスで立川雅人を演じた時に、この芝居に出ることは宿命づけられていた!」 

    それを聞いて、妙に何かが腑に落ちた。
    偶然。必然。運命。宿命。縁。巡り合わせ。
    どんな言葉も当てはまるし、どの言葉もどこか違うような気もするのだけれど。
    「見えないけれどつながりを持っている何か」
    そういうものは、確かに存在するのだろう。




    鴻上さんも、篠房さんも 円城さんも、故人のことを静謐な筆致で、淡々と書いている。
    (*2)

    彼らは言葉で世界を作る人たちだ。
    【目には見えないけど確かに存在するもの】を認識できる視力と。
    【認識したものを言語に置き換え表出する】筆力を持った人達だ。
    才能の在り処とか、魂の形とか。
    見えないし触れることも出来ないものに、言葉で存在と属性を与えるのだ。

    だから彼らは静かで詩的な言葉で、故人を悼み、故人のエピソードを語り、故人に感謝を捧げる。

    彼らは、「冥福を祈る」なんて、ありきたりな言葉を使ったりはしないし。
    松浦理英子の『葬儀の日』に出てくる【泣き屋】のように、葬式で咽び泣いて、殊更に悲しみをひけらかすような、品のないパフォーマンスもしない。(*3)

    そういうことはしないけれども。
    友人の豊穣な才能が、若くして断ち切られてしまったことが、悲しくて悔しくて仕方がなかったのだということは、とても良く分かるのだ。

    『物語』を作る才能を持つ人間同士の間には。
    互いの才能に惚れ合って、運命のように魂が引かれあう、そういう友情が成立するのだろう。


    やっぱり男の人はロマンティストだね。過去の思いを延々と抱えたまま生きていけるくらいに。

    「ごめん、私、二人のこと忘れてた」

    女はいつだって残酷なくらいに、目の前のことしか見てないリアリストなのにね。






    ずっと好きだった。ずっと好きだった。
    君の言葉が。君の物語が。君の才能が。

    トガシは、好きだったのに間違えた。子どもじみた嫉妬と独占欲が、彼の判断を狂わせた。タチバナをその才能ごと自分のものにしたくて、名前を書き換えて丸呑みにしてしまった。
    名前を奪われたタチバナは死に、愛は呪いに変わり、トガシの時間と記憶を奪った。

    どうして愛は、たやすく呪いにもなってしまうんだろうね。

    ・・・ああ、そうか。そういうことか。
    愛を呪縛や妄執に変えないためには、『幸せであること』が必要なんだ。

    私はこの舞台が面白かったのかどうか、そういう尺度では判断することが出来ない。
    『深呼吸する惑星』という作品が、『第三舞台』の過去作品をサンプリングし、再構成して提示されたものである以上。
    この劇団と、同時代性と共犯者意識を分け合うことができなかった私には、その内容をどうこう言える立場にはない。

    『異国の地を旅している時に、たまたま出くわした祭り』

    それが一番近しい感覚だったかもしれない。
    私にはその地の歴史も慣習も良く分からないから、楽しそうな人達を遠くから眺めていることしか出来なかったのだけれど。
    でもそこが、幸福と祝福に満ちた空間だということはよく分かったのだ。
    そして「演劇は祝祭である」という言葉の意味が、実感を伴って私の中にすとんと降りて来た。

    こういう感覚は、10年前では分からなかった。

    今よりもずっと自意識過剰で潔癖で、視野狭窄で色々なことが許せなくて、何かが出来ないのは自分のせいだと思い込んでいた。
    今考えるとそれは、驕りでもあった。

    努力しても無理なことも、あきらめなくてはいけないことも、取り戻せない喪失も、多分年齢相応に重ねてきて。
    失ったものも多かったけど、何かに期待し過ぎることをやめ、許せることも増えて来た分、楽になってきた部分もあるのだ。

    10年前に封印したタイムカプセルを、皆で一緒に開封し、互いの気持ちを確認し合う儀式を、少し遠いところから眺めていた。

    「ずっと好きでいてくれてありがとう」
    「ずっと好きでいさせてくれてありがとう」

    そう呼びかけあっている人たちを、眺めていた。

    あの人のことが大好きだった。
    そんな自分は間違ってなんかいない。
    だってほら、僕たちはこんなにも『幸福な終焉』を作り出すことができたじゃないか。

    白い衣を纏って、一人たたずむ幻影は『彼』の墓標。
    黄色い花びらを舞い散らせる風は『彼』へのレクイエム。

    生きている僕らは行く。死んだ『彼』をここに残して。
    けれど、『彼』が遺してくれた言葉と物語は、もう僕らの自我の一部になっている。
    『彼』の記憶が僕らを形作り、そして僕らの指針になる。
    だから、僕らはもうどこにだって行ける。
    そして、いつか最後に『彼』のところに辿り着く。




    今でも時折、思い出したように、私は伊藤さんのブログを読みにいく。(*4)
    彼が残した言葉と思考の痕跡を辿る。
    もう彼の言葉が更新されることはないけれど、彼の言葉に出会った生きている人たちの言葉は、今でもまだ書き込み続けられている。

    忘れることと、時間が経つことはイコールではない。
    時間は哀しみを和らげてくれるけど、完全に忘却させるわけではなく。
    普段は思い出さないだけで、無意識下に眠っているものも、多分、自分が思っている以上にあるのだ。

    タチバナがトガシとマキに、
    「いつか誰かが屋上から・・・」
    という台詞を言ったときに、
    (あ、トランスだ)
    と、すぐに分かった。
    6年前に、一度観ただけの舞台の台詞を覚えていたのかと、自分で自分の記憶が不思議なことのように思えた。

    思い出さなくても、覚えている。
    理解できたことも、良く分からなかった部分も、私の無意識の中に沈んでいる。
    そしていつかまたどこかで。
    別の物語や言葉や役者や音楽に出会った時に。
    『惑星』の言葉や風景を重ね合わせる時があるだろう。


    Someone says "It's a hallucination. Nobody is here. "
    However.
    I feel the presence of you .
    I can interact with you, anytime, anywhere.

    From This Planet, With Love.






    (*1) 百舌谷さん逆上する(3) (アフタヌーンKC) 伊藤さんへの追悼漫画が2pあります。

    (*2)  S-Fマガジン 2009年 07月号 [雑誌]  伊藤計劃追悼特集 遺稿『屍者の帝国』冒頭30枚掲載/篠房・円城両氏他追悼エッセイ有。
    もうこの時には、円城さんは伊藤さんの遺稿を、自分が完成させる覚悟があったのかなあと思うと、感慨深いものがあります。

    (*3) 葬儀の日 (河出文庫―BUNGEI Collection) 所謂純文学というジャンルの小説では一番好き、というか衝撃を受けた短編小説。直接今回の話とは関係ないけど思い出してしまった。

    (*4) 伊藤計劃:第弐位相 

    関連記事
    スポンサーサイト
    Comment
    Trackback
    Trackback URL
    Comment Form
    管理者にだけ表示を許可する
    プロフィール

    美夜(miya)

    Author:美夜(miya)
    ・TV・舞台・本などの感想置き場。
    内容は、その時ハマっている物次第。
    規則性はあまりなし。

    ・記事へのリンクをされる場合は、
    該当記事のURLを明記してください。
    無断引用・転載はご遠慮ください。

    <管理人別館>
    木更津Honty Tonk
    『木更津キャッツアイ』中心感想サイト

    Innocent Accomplices
    『相棒』感想サイト
    (1st.~4th.seasonまで)

    ・ツイッター: @miyabreaction
    (過去つぶやきまとめ)
    ついろぐ

    ・連絡はこちらからよろしくお願いします↓
    メールフォーム

    最近の記事+コメント
    カテゴリー
    ツイッター
    オススメ
    過去ログ v Co リバース
    ブログ内検索
    ブログパーツ

    美夜の最近読んだ本

    リンク
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。