『エネミイ』感想

    ええと、遅いですね。うん。

    高橋一生氏演じる礼司君萌え萌えな、頭の弱い感じの感想も書こうかと思ってたんですが、まだ書けてません。
    帰省から帰ってきて、余力があったら書きます。

    これは、真面目なバージョンの感想です。
    相変わらず長いよ。
    お笑い抜きで書いていたら、理屈っぽくなったよ。自分でもちょっと怖いよ。


    それでも良いという方はどうぞ。


    <敵も意味も失った時代の『幸福論』>


     私は、作者の蓬莱竜太氏とほぼ同世代で、昔『成田』で何があったかはなんとなく知っているけれど、『三里塚』と聞いても、
    「それは貝塚とか、そういう遺跡的な何かですか?」
    と聞き返してしまうような、そういう世代だ。
    『学生運動』が、当時のインテリ青年達を熱狂させた『祭り』であったことは知っていても、その『祭り』を経験していないから憧れもしないし、興味も湧かないし、なんのシンパシーも持ってはいない。
    『祭り』のあとに生まれた人間からすれば、そこにどんな高邁な思想や理想があったのだとしても、それは
    『なんだか集団ヒステリーみたいなもの』
    にしか見えないのだ。


    その『祭り』に参加していた鵜山芸術監督の
    『戦いがエネルギーを生む』
    という考え方は、とても男性的でファリックだと思うし。
    蓬莱氏と鵜山氏の世代の中間にいる演出の鈴木氏は、
    『仮想敵を作るよりも共存を考える』
    と言っていて、それはやはり女性的で、とても現代的な考え方だと思った。

    男性的でファリックであることの根拠は、単純にして明確だ。
    それは、
    『俺の思想は正しいんだから、それが理解できないんだったら、お前は敵だ』
    という二元論だ。

    しかし、過去の敗戦と学生運動の自滅によって、男性的でファリックな価値観は、それまでの権威を失ったのだろう。
    過去は未来によって規定される。
    敗戦によって、それ以前の軍国主義が否定されたように。
    『連合赤軍』が、ヒステリックでサディスティックな『総括』という名のリンチ殺人の果てに、全国民の見ている前で醜悪な姿を晒して『あさま山荘』を道連れに自滅したことで、それまでは正義の名の下に行われてきたはずの『学生運動』も遡って、正当化されるべき根拠を失ったのだろう。

    そして、敵・味方を明確にするやり方は忌避されるようになり、その代わりに蔓延したのは、誰とも戦わずに仲良くやっていくことを指向する世界だ。

    『戦争反対。ケンカは良くない。個性が大切。みんな違ってみんないい。誰もが世界に一つだけの花だよ』

    それは間違ってはいないはずなのに、どこか生温くてなにかがうそ寒い、『誰も傷つけない繊細な優しさ』に満ちている。

    『エネミイ』では、そうした社会の姿が、一つの家族に収斂されて提示されている。
    家族は社会の最小単位で、『切断する』父性原理と、『包括する』母性原理から構成されていて、子どもはそこから最初に社会の仕組みを知る。
    瀟洒なリビング。元気な母と娘。覇気のない父と息子。
    それは社会の縮図のひとつだ。

    平穏にやってきたひとつの家族に、ある日二人の異物が訪れる。そして、息子の知らない世界の言葉で、息子に波風を立たせようとする。
    しかし、息子は「大丈夫です」という言葉で、大抵のことを受け流す。
    「大丈夫」という言葉に、自己主張はない。
    そして相手を否定することもない。
    酒を勧められても「いりません」という変わりに「大丈夫です」と言う。そこには、
    (僕はあなたを迷惑がっているのではありません。僕のためにそんなお気使いをしていただかなくても結構ですよ)
    という複雑なメッセージが込められている。

    それくらい他者に気を使い、対立を避け、誰とでも仲良くやっていくことが、今ではコミュニケーションスキルとして求められている。下手に自己主張なんかして、その場の雰囲気を壊してしまったら『あいつはKYだ』と、集団から追い出されてしまうからだ。

    あの人は正しい。この人も正しい。誰もが正しい。
    だったら自分はどうなのだろう?
    自分の外部に敵はいないのだから、それなら敵は自分の中にしかないのではないだろうか?

    きっともう、この国では革命なんて起きない。
    そんなことに憧れる青年はもういない。
    打倒すべきものとして眼前に立ちはだかってくれる程の強度を持つものなんて、もうこの国には残っていないから。
    友人も、父親も、社会も、政府も、自分を取り囲む全てのものが、砂上の楼閣のように脆くて儚い。
    そんなにもたやすく壊れてしまうものを、わざわざ拳を振り上げてまで壊したいなどと誰が思うだろうか。


    今現在この国で、20代と30代の死因のトップは、自殺だ。
    事故や病気で不本意に死ぬ者よりも、自分の意思で自分を殺してしまう若者の人数のほうが多いのだ。
    毎日のようにどこかの路線で人身事故が起こっているけれど、人々はもうすっかり、そんなことにも慣れきってしまっている。
    狭い車両に閉じ込められた人々は、声を荒げることもなくただ粛々と、電車と線路にこびりついた血と肉塊が洗い流されるのを待っている。そして、駅員から遅延証明書をもらい、何事もなかったかのように自らの日常に戻っていく。

    戦時中は自殺率が減る。殺人が減れば自殺が増える。
    昔は、自分の正義や大義のために他人を敵とみなして、殺せる人間もそれなりにいたけど。
    今は、他人を傷つける代わりに自分を殺してしまう人間の方が多いのだ。

    自らの攻撃性を外に向ければそれは『闘争』になるし、
    攻撃性が内に向かえば、その行き着く先は『自死』だ。
    内的な攻撃性を外敵に向けることと、自分で自分を攻撃するのとでは、どちらの方がまだマシで、どっちの方がより不幸なのだろうか?

    主人公の青年は、怒れない。
    何に対して怒ったらいいのかも、おそらく分からないのだろう。
    父親の元同士に説教されても、友人から侮蔑の言葉をかけられても、父親から八つ当たりで新聞を投げつけられても。そのことで彼が怒ることはない。

    他者の挑発を受け流し、軋轢を避け、観察者に徹してきた青年は、最後に一度だけ、自分の心の内をさらけ出す。

    それは、他人を糾弾する言葉でも、自己弁護の言葉でもない。
    自分は、誰のことも傷つけたくないし、誰かの役に立つことがしたいのだと。
    ただそれだけを、つたない言葉で、震える声で、泣き出しそうになりながら、搾り出すように訴える。
    そんな稚拙なやり方でしか、自分の気持ちを表に出せない彼を『弱い』ということは簡単だ。
    だが心優しい青年のささやかな『願い』を、ただの弱さで片付けるのは、ひどく傲慢なことだろう。


    物語の最後は、母親がその鈍感さと厚顔無恥さで、それまでの議論を無効化してしまう。
    『家を出ること=自立』だとする西欧から見れば、成人した子どもが、結婚も就職もせずに家にいるのは奇異なことだろう。しかしこの母親はそんなことは問題にもしない。

    「だって、もしサエちゃんが結婚して家を出てったらさみしいじゃない。だから私がレイちゃんに『家にいて』って頼んだの」

    結局、息子が家にいるのは仕事がないからでも、怠けているからでもなく、母親にそう頼まれたからだったということが、最後に明かされる。
    表面的な文脈で見れば、息子に逃げ道を作ってあげている優しい母親に見えるのかもしれない。
    だが私には、愛ゆえにすべてを飲み込んでしまう母性が、息子の自立を妨げる足枷のように見えて、なんだかひどく恐ろしかった。

    羊水の中のように生暖かく、薄暗く、湿った滋養に満たされていても、閉じた家の中で、青年はシフト表を作り続ける。
    誰もが今より少しでも幸せになれるように。

    彼は、この先どこかに行けるだろうか?
    彼に降り注ぐ朝の白い光は、外の世界への道標になっていただろうか?



    敵とか味方とか。善とか悪とか。何が正しいとか間違ってるとか。
    そういう分かりやすい二元論に話を落とし込まなかったところが、蓬莱竜太の物語に対する誠実さと強靭さなのだろう。
    彼の視線は、誰に対しても平等だ。
    いまだに仮想敵と戦い続けている革命志士の成れの果てにも、戦いから脱落して日常に埋没してきた老いた父親にも、何と戦っているのかも分からずに静かにもがいている青年にも、同じだけの価値をおきながら物語を描いている。
    そして彼の、全てを相対化し、優劣を付けずに物事を見つめる眼差しそのものが、『総括』を先送りにしてきた世代がもたらした結果の一つと言えるのかもしれない。




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